平野長治の実父は誰?

津々堂さんのブログで話題に上っている平野長治の実父は誰かという話であるが、調べてみると確かに二説あり、どうやら平野家は清原枝賢の子としており(『寛政譜』、『平野家譜』など『平野家譜』は清原宣賢の子でした(2009/02/23訂正))、清原家は清原業賢の子(つまり枝賢の兄弟)としているようだ(『舟橋家譜』)。どちらが正しいのか、生没年を比較することで検討してみよう。(平野家は『平野家譜』、清原家は『諸家伝』に拠る)

平野長治 ????-1606
平野長泰 1559-1628
清原業賢 1497-1566
清原枝賢 1520-1590
清原国賢 1544-1614

長泰の生年だけ見ると枝賢の子とも考えられるが(国賢の庶兄とすれば何とか)、長泰は長男ではないことを考慮すると、『舟橋家譜』がいうように業賢の子とした方が妥当であろう。